
清らかな水の流れをたずねたいと
山梨県富士吉田市の北口本宮
冨士浅間神社に出かけました。
富士山の大噴火を恐れる人々を
安心させるために、火山鎮護の
神、木花開耶姫命(コノハナサクヤ
ヒメ)を奉ったのが始まりとされる
由緒ある神社です。
大きな森林に囲まれ、静寂にして清らかな神社です。
社殿の前には山梨県指定、天然記念物の吉野杉が背高くそびえ1、000年もの長い間、その場所にしっかりと立つ大杉を見上げてみると、その巨大さに圧倒されるのでした。
この浅間神社は景行天皇(けいこうてんのう)の40年、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が東征の折、当地を通られ、霊峰冨士を拝した丘に里人が祠(ほこら)を建て、浅間明神を歓請したことに始まると、記されおりました。
人々の富士信仰の富士登山が、浅間神社の背後より富士山頂に向かう登山道となり、富士山吉田口登山道の基点となっている事は有名かと思います。

水を汲みに来ている人々 |
これだけ大きな森林を養うのは水の存在かと思います。富士山の雪解け水がいったん、溶岩に染み込み吸収され、数十年の時を経て伏水流となり、50年〜80年の歳月を経て湧き水となります。
これは前号に記しました横須賀の走水神社に湧き出る水も、富士山からの雪解け水とも言われ、50年以上の歳月を経て、清涼な水となり、人々の喉を潤しております。どのような地下水脈を通るのでしょうか、想像は膨らみます。
浅間神社の境内にあります手水舎(てみずや)は、
水源は富士山に向かって1.6キロ先の
泉瑞(せんずい)の水源から引かれております。
人々はぺットボトルに、次々と水を汲みに来ておりました。
さらりと美味しいお水です。
神社境内にある堀割り福地用水路に、トウトウと流れる水は忍野八海(おしのはっかい)
より引いてあると聞きました。
どうしてこの様な掘割が出来たかと申しますと、江戸時代、富士山からの雪解け水を排するだけの掘割が無い為に、一度富士吉田の町が、濁流に流れ去ってしまった事があり、掘割を作り水を流す事により、被害がなくなりました。
水は命の源であり、人間も地上の生きとし生ける者にとっても、欠くことのできない貴重な環境資源です。

おし の はっ かい
北口浅間神社から五キロメーターほど先にある忍野八海へと足を伸ばしてみました。
八つの池に清涼にして、美しい富士山の湧き水がありました。
人々はそこに集い土産屋さんもたくさんあって、皆ニコニコとして、活気があり、笑い、水を飲み、なんと不思議な陽気な所でしょう。
清い水があるところは良い気が沢山出て、日頃の疲れや、心配、
病気、不安などといったネガティブな
エネルギーが飛んで消えてしまうのです。
人間の体内の水分と良い水の気が共鳴して、
人が良い気に満ちるのです。
その昔、富士山が噴火したとき、人々は焼けつくような熱のため大変苦しみました。
喉の渇きや、家の火事、野火を消すために、人々が水を求めて叫ぶ声があがりました。
そのとき天空より大変美しい声で、「私を信じなさい。水をあげましょう」と言われました。
それは木花開耶姫命の声でした。
その後まもなく熔岩の間から水が湧き出しました。
忍野八海の伝説です。
さて、浅間神社に話を戻しましょう。
火を吹く山を古来よりアサマと呼んでいました。
富士山を中心にして、山梨県富士吉田市にある浅間神社を北口本宮冨士浅間神社といいます。
静岡県小山町須走(すばしり)にある浅間神社を東口本宮富士浅間神社といいます。
どちらも富士山の眺望は素晴らしい所です。

こ の は な さ く や ひ め
古事記「天孫降臨」では木花開耶姫命は
大山祇命(オオヤマズミノミコト)の娘です。
瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)が高天原(たかまがはら)より
降り立ち、聡明で、見目麗しい木花開耶姫命と出合い、
一目見て気に入り妻としました。
しかし、一夜の懐妊で尊は「他の神の子ではないのか」と
疑いました。
姫は「わが身の潔白を示しましょう。
どうぞ産屋(うぶや)に火をつけて下さい。
まこと、あなた様の御子ならば神の子です。
焼けることなく生まれましょう」
姫は三人の子を無地に生みました。
このことから御祭紳が火を媒介とする
安産・火難徐の守護神とされています。
炎がはじめ明るくなったときに生まれた子は
火闌降命(ホノスソリノミコト)と名付け、
炎が盛んなときに生まれた子を
火明命(ホノアカリノミコト)と名付け、
最後に生まれた子を彦火火出見尊
(ヒコホホデミノミコト)と名付けました。
ホノスセリノミコトは海幸彦、ヒコホホデミノミコトは
山幸彦の名で知られています。

す ばしり せ ん げ ん じ ん じ ゃ
桓武天皇(カンムテンノウ)の
延暦21(802)年、正月
富士山東側が噴火し、爆発によって吹き上げられた火山灰や砂礫が四方に飛び散り、しばらく噴火が続きました。
特に御殿場地方の被害が大きく、時の国司、郡司が人々の悲しみや恐れを静め、鎮火の祈願を行うため須走に斎場を設けて祭事を行いました。
すると、四月に噴火が収まったので、その場所に
東口本宮冨士浅間神社を創建されると記されています。
須走の浅間神社には手水舎がありますが宮司に伺うと、
「近くから水を引いています」とのことでした。
須走は海抜1,000メートル近く、標高が高いので、
北口浅間神社のように湧き水は多くないそうです。
溶岩にしみ込み、伏流水は御殿場市の地下に大きな
鏡のように自然体に蓄えられた水がイメージで見えてきました。
実際、御殿場市の水道水はこの地下水に向かって
パイプを深く掘り下げて、くみ上げ各家に供給しています。
御殿場市の水はとてもおいしいです。
水の巡りのご縁で、私のセッションルームが
御殿場にもできました。

水巡りの旅をして、富士山を仰ぎ見、季節、
時間を問わずいつ見ても美しい富士山の姿に感動しました。
この所、富士山の低周波地震が続いているようです。
火の山は、人心の乱れや、今の世の中の現状を見て、
火を噴かないように、私達一人一人が
心の浄化を行う時にきております。
富士山の雪解け水は長い年月をかけて相模湾を潜り、
横須賀の走水神社に涌き出ています。
清涼なる水が地下水脈で一連りになっている不思議を感じます。
走水神社にも水を汲みに来る人達がいます。
水は旅をしています。
走水神社の弟橘媛命(オトタチバナヒメ)が
「もうこれ以上、水を汚さないで下さい。
あなた達を守ることが出来なくなりますから」
とのメッセージを思い出しました。
色々な人に出会い、水と火を訪ねる旅となりました。
ナチュラルスピリット刊 「スターピープル」Winter2003 第8号より
マサコさんと行くミステリースポットV
連載第4回 Remember Japan 水巡りの旅
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