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4月29日

(C)2006スタジオ ポプリ



東京すぴこんが開催されました。マサコさんも本日はクリスタルワークと月の瞑想のワークショップを致しました。30日も東京すぴこん2日目が開催されます。ぜひ、お越し下さい。









4月28日

(C)2006スタジオ ポプリ



嬉し恥ずかし花々たちよ、恋の噂を聞かせておくれ。緑の葉が支えてくれる、緑の葉はナイト達乙女の願いをかなえてくれる。ああ、陽の下におしゃべりしている美しい花よ。

女学生達がざくろ坂を上がっていきました。ツツジの花のように見えました。ざくろ坂のツツジもきれいです。

今日のあなたお元気ですか。

明日から2日間、東京すぴこんが始まります
クリスタルボウル、多少チップありがワンセット特別価格で出ます。音色はきちんと出ますので、おたしかめあれ、単品でも売ります。アメリカから本日夕方届いたばかりで、まだ開けていませんが、明日会場で開けます。早い者勝ちとなります。すごくお安いですぞ。

石リーディングも、何度でも受けましょう。あなたにとって、何か新たな発見があるかもしれません。二階の会場ですのでいらしてください。余りよい場所でないとしても、のんびりと、リラックスしてあなた様をリーディング致しましょう。

それでは、またお会い致しましょう。






4月27日

(C)2006スタジオ ポプリ
高輪のさつき



シャドウがかかって、更に美しいツツジの花、物皆全てシャドウをかけたら、美しく見えるだろうか、私もシャドウをかけて写真を撮ってもらおう。

今日のあなたお元気ですか。

春は次から次へと花が咲いて、飽きる事がありません。世間は次から次へと事件の花が咲いて存在を知らせてくれます。事件や、疑惑としての花は、見るも興ざめであります。

花は美しくよい香りがするのが良い。胡散臭い匂いがするのでは、皆ソッポを向いてしまいましょう。組織的な事件や疑惑は男性が圧倒的に多いのですが、大古、女性は太陽であった時代が懐かしいのではあります。

それでは、またお会い致しましょう。





4月25日

(C)2006スタジオ ポプリ
オオゴマダラ

(C)2006スタジオ ポプリ


このところお花の写真が多いのですが、花のシーズンですので充分にお楽しみ下さい。あなたのお住まいの所も沢山の花々が咲いている事でしょう。花は咲いているのですが、しかし風は寒いのです。昨日、石垣島を出る時も寒くて、一枚多く羽織りました。まだ陽気が一定しないのが不思議です。羽田に着いたらかえって暖かかった。姉は長野に行き、大雪が降ったと言ってました。アメリカは天気が寒くてセージが育たず、一ヶ月以上生育がずれ込むとのことです。少しずつ異常な季節に気がつかない、冷房暖房の中に住んでいると分からないのかも知れません。少し体調を崩していました。

今日のあなたお元気ですか。

石垣島に移住してから6月で、2年の月日がたちます。二年目を迎える2ヶ月前の今、果たしてどんな変化がこれからあるのかしらと思います。何も知らないで石垣島に移住して、ヤマトから来た者に対する偏見や、誤解があったかもしれません。それは、ヤマトから行ったものが、島人に対する偏見や誤解があったのかもしれません。しかし人は何処に住んでいても、自分が求めるものや、真実や、指し示されることが、たえず変化をし続けていますから、やがて時がたって、その時わからなかった事も気づきが起きてきます。

石垣島が観光の地であることから、旅の恥は掻き捨て、といった傍若無人な振る舞いを通して、ヤマトに対する誤解や偏見や、島に住んだヤマト人(ヤマトンチュウ)が、責任を取らないで、ほうりっぱなしにして、犬や猫も、捨てて、いなくなってしまった等の事がまた、ヤマトに対する誤解を生んだ事もあるかもしれません。

古くは明治時代まで行われていた人頭税や、戦争中に行われた、日本軍による島民に対する強制移住の結果、マラリヤによる大量の犠牲者があったこともあるかもしれません。わたしの中で自分自身が気が付かなかった偏見があったのかもしれません。もしそうだとしたら、ごめんなさいと申し上げます。

しかし、石垣島の人達のアイディアの豊かな事や、よく働く事、いくつもの仕事をしている人も沢山います。歳を取っても働き、老人もしっかり生きている姿は、実に素晴らしいものがあります。家族やご先祖を大切にして、つながりが強化していますので、ヤマトは入りにくい事もあるでしょう。学校教育も力が入っていて、目を見張るものがあります。それらは、沖縄に流れる信仰心であり、スピリチュアルな本質かと思います。戦争から立ち上がった強さかもしれません。それらの事が重なり集まって、今、人々の沖縄に対する目が集まっているのかもしれません。宣伝力、自己PRも豊かです。

今は同じ日本でありますから、ヤマトも火の国も蝦夷も力を合わせて、ここは、今一つひとつ頑張ろうではありませんか。(ヤマトは本州 九州は火の国 北海道は蝦夷と、ある年齢の方はおっしゃいますし、琉球タイムスにもヤマトから来たお客様と出ていました。また、ヤマトンチュウといいます。)

しかし、石垣島は島民が伝統を守り力を入れて、良い島にしています。ですから、このことは大切な事だと思いますが、沖縄の人のように、地場産業を広めるべく、また年長者の意見を大切にして伝え、若者がより新しいアイディアで作り直して、PRを続ける事で、あなたの住んでいる場所が、かならづ活性化します。住んでいる所が一番大切なのですから、素晴らしき良きアイディアが出て、あなたの住んでいる場所の活性化と繁栄を図りましょう。このことを伝えて下さい。

それでは、またお会い致しましょう。






4月23日

(C)2006スタジオ ポプリ


(C)2006スタジオ ポプリ


島の草達は実に元気です。花の季節には、蝶チョウが飛び、花と葉の上で遊びます。花も葉も「見てね」と言っているようです。花と葉が自分を表現しているのが素敵です。

今日のあなたお元気ですか。

今日、横浜から「すぴこん」でお客様になった方がフワミリーで石垣島においでになり、立ち寄って下さいました。これからカビラワンに行かれるとか、島の風が良い時期ですので、「うりずん」の良い季節によられて良かったのです。

石垣島は、これから二週間ぐらいが島の名所が素晴らしくなる「うりずん」の良いシーズンです。

それでは、またお会い致しましょう。





4月22日

(C)2006スタジオ ポプリ


(C)2006スタジオ ポプリ


島の花々たちは、紅白おめでたい花々が沢山咲いております。姐さん花でしょうか。一昨日スーパーのレジに並んでいたら、同じような年恰好の人から、「姐さんお先にどうぞ」と言われました。わたしの事ではないと、周りを見たら私しかいなかったので「いえ奥様からどうぞ」と、言いました。島の方にお聞きしましたら、年をとっても、女性同士は、姐さんと呼ぶのだそうです。「おばあ」と呼ばれるより良いですね。

水晶で足をこすっていたら、80歳をとうに越えた方から、「歳を取ると、あちこち痛みますからなー」と言われました。赤い花が「アッハ−」と笑っていました。

今日のあなたお元気ですか。

歳を取ると、自然に目線が変わっていくみたいです。若いあなたにはわからないかと思います。判らないから楽しい事もあります。苦悩も先に行くと楽しみになるかもしれませんよ。

それでは、またお会い致しましょう。






4月21日

(C)2006スタジオ ポプリ
御神崎の花々


石垣島、西側の岬に、御神崎(ウガン崎)があります。美しさは格別な場所です。切り立った断崖、断崖に迫ってくる小高い山、海に向って広がる草原に、花々が咲き乱れていました。ピンクの花、黄色の花、白百合の白い花、緑の草原、鳥の鳴き声、木立を吹く風、草のサラサラいう音、青い海、静かな水平線、まるで瞑想の世界です。

美しく清らかな光景や景色の中にいるチャンスがあったら、五感で記憶を致しましょう。その記憶を大切にして、次なる瞑想の時に使います。美しい自然の中から、自分の中に入っていきます。良いものを見る目が大切です。

今日のあなたお元気ですか。

人同士争う事があります。それは何処から来ているのか知る事が大切です。単に気にいらないだけでなく、自分と良く似ている事もありましょう。過去世で深い係わりがあることがありましょう。奪い合う気持ちもありましょう。自己主張の結果、争いが起きる場合もあるかもしれません。

親子や姉妹で争ったら、家庭崩壊になります。職場で争ったらその会社は、無いものになります。学校の現場で争ったら、子供達にひずみが出てきます。各県や、島内で争うまで行かなくとも、同じ日本人同士が、受け入れなくなったら、これは悲劇です。その争いの元が優位な立場と、支配される立場とが、二極化されていたら、これは大変な問題であります。争いの元となる事を知り、現実はすぐ変わらなくとも、平和で穏やかな気持ちになる事が大切であります。そして平和の為に変化を起す努力を致します。

御神崎の風が、みどりの島を思い起こしました。みどりの島は実にここにあったのです。

それでは、またお会い致しましょう。






4月19日

(C)2006スタジオ ポプリ



石垣島は白百合が沢山咲いています。白百合のシーズンです。空き地や田んぼのあぜ道や、広場や観光地で、美しい芳香を放って咲いている様子は、気高く美しく、凛とした輝きは貴女のようです。人はあなたがそこにいるだけで、凛とした白百合のように感じるでしょう。

今日のあなたお元気ですか。

期待していた事が外れることがあります。物やお金もそうなのですが、一番は人に期待した結果、外れた時のショックは案外大きいかと思います。あなたも経験したことがあると思いますが、しかしその事も良く分析してみると、過信や期待を、自分のイメージで作り上げてしまい、相手の人に自分のイメージを重ねた結果、単に外れると、期待を裏切られたように感じるかと思います。これは手前勝手というものではないでしょうか。

相手に期待するという事は、その人が自分自身を育てる事に期待すれば良いかと思いますし、指導的な役割の貴女がいたら、どのように、どうやって自分自身を育てるのかを、その人に問いかける事から始まりませんでしょうか。そして、その人の気持ちから答えが出たら、達成を期待して待つのが良いでしょう。

しかし箸にも棒にもかからない相手であったら、さよなら、するしかないでしょう。それは共に奈落の底に落ちてしまうからです。

白百合はただ芳香を放ってあたり一面が、香りの帯のようでした。

それでは、またお会い致しましょう。






4月18日

(C)2006スタジオ ポプリ
空から見た石垣島



今日、石垣島に帰って来ました。石垣島の最高峰である於茂登岳のふもとにある底原ダムの湖が中央に見えて、いつもながら美しい八重山の島々でした。飛行場は観光客で賑わって楽しそうな飛行場でした。気温は夕方になっても25度を下がりませんでした。

今日のあなたお元気ですか。

わたしはこのように感じます。人は違っても、何処の部屋でも何処の場所でも同じ仕事をしているわけです。その仕事は、水晶ヒーリング、スピリチュアルヒーリングであったり、スピリチュアルリーディングであったりと、より良いメッセージをお伝えします。

公の立場での仕事や、会社勤めではこのジャンルはありませんが、知らず知らずに、また意味合いを持ちながら、リーディング、ヒーリングを行っている事もありましょう。メッセージや、リーディング、ヒーリングを受けた方は、必ずといってよいほど、良い変化が起きます。その変化はその人自身で起すわけですが、きっかけは、人のエネルギーや、その方法や、自然のエネルギーや、その方法など、エネルギーを一時借りる事にあります。

石垣島でも、その他の地においても、同じように行われる不思議があります。5月の連休には、分かりやすく解説したり、方法をお教えするマサコメソッドテイチャースクールが、東京大井町で行われます。あなたもお受けになりませんか。それらを確認したり、方法を学びながら、あなたの仕事に活かしましょう。そしてあなたも不思議を行って下さい。

それでは、またお会い致しましょう。






4月17日

(C)2006スタジオ ポプリ



虹の架け橋、バラバラな家族がいる、子供達が成長して大きくなって独立してもあなたの愛をかけましょう。それは虹の架け橋のようにして、あなたの愛を届けるのです。思念でも充分届きますが、手紙や、四季折々の季節の香りを届けましょう。すると日常忙しく働いている息子や娘や、お嫁さんやお婿さんに、気持ちが届くでしょう。離れていても良いのです。バラバラ家族にならないようにして、あなたの思いを虹のようにして、届けましょう。虹の架け橋は愛の架け橋ですから。

まして遊学中の娘や息子だったらなおさら、あなたの愛の架け橋を送らないと、誘惑や、世代の違いのずれや、価値観の違いから、ますます溝が広がってしまう場合がありますので、本当に独立出来るまで、虹の架け橋を強くします。しかしこれらは、過干渉を強くしなさいという事ではありません。愛の虹の架け橋を強く思念で持つ事で、バラバラになりません。



今日のあなたお元気ですか。

あなたにまだ余裕があれば、その虹の架け橋はあなたを必要としている人と、あなたとを掛け合うことでしょう。その人にも言ってあげて下さい。その人からまた虹の架け橋を他の人につないでもらいます。虹の架け橋が世界を変えます。

難しいことではありません。

それでは、またお会い致しましょう。






4月16日

(C)2006スタジオ ポプリ



関東地方の柔らかい春を楽しんでいます。この春の美しさは格別のものがあります。しばらくぶりの春の美しさを、あなたにお見せしたいと思います。竹の子ご飯や、竹の子のてんぷら、煮付けは春の香りです。優しく温かな友情、遠い母、生まれたばかりの子供への微笑み、ゆりかご、優しい満月は、関東平野の春に似ています。

今日のあなたお元気ですか。

日本の北から南まで、約1億2千7百万人が日本の人口です。その約3割の人が関東平野に住んでいます。通勤、観光客、旅人、出張、イベント、出稼ぎ、お買い物、その他、どのぐらい昼間は人口が膨らんでいるのかと思うと、すごいなと思います。

関東平野以外、人口が増している県は、滋賀県、愛知県、沖縄県だそうです。あなたの住んでいる所には、沢山の良い所があるでしょう。お国自慢は誰が聞いても良いものです。

それでは、またお会い致しましょう。





総務省統計局『平成17年国勢調査』による。


4月15日

(C)2006スタジオ ポプリ



人はなぜか、ふと故郷が恋しくなる時があります。どこか違う風、見上げる星空の空間、曲がった小道 まっすぐな道、南に生まれた人は、南を思い、北に生まれた人は、北の國を思う。引き抜いた雑草の土の匂いに故郷を感じる。可憐に咲いたスミレの紫が目に宿り、忘れかけていた故郷の事を思い出す。ああ良きかな故郷、父も母も元気でいたら、その故郷は、桃源の里、もう父も母もとうに居なくてもその故郷は、生まれた元の川に戻る鮭に似て、その地に横たわりたくなる場所。あなたに故郷があれば訪ねるが良いでしょう。あなたが故郷を訪ねたら、風も、星空も、曲がった小道も、まっすぐな道も、あなたを思い出します。

今日のあなたお元気ですか。

時に心の中を違った、風が吹き抜けていっても、ありのままの自分を表現してみましょう。文章での表現や、絵の表現や、音の表現、造形の作品にしても良いでしょう。また違った風は、仕事の中に活かされるでしょう。その違う自分のひだを、そのまま、ありのままに受け入れて、アートな世界に、仕事に仕上げたら、素晴らしいではありませんか。あなたの素晴らしき良き発想も、案外自分の中に違う存在の何かが形作るのかもしれません。

あなたの中に入ってくるメッセージを聞いて、表現して下さい。アーティスト達は、それらを皆、自分のごとくに表現をしています。素直な自分がいる事で、その表現は、活かされていきます。表現は人を幸せに導きます。素晴らしき表現は、人に何かを気づかせます。

故郷を訪ねたら、今の新しい場所にもあなたを待っている人がいます。それを忘れないで下さい。そしてまた新しい未来に向って歩きましょう。いつも先には希望が溢れていますから。

それでは、またお会い致しましょう。






4月14日

(C)2006スタジオ ポプリ



長い呪縛の時が終わっても、まだ若い蝶は羽を伸ばさずにいました。もう縛る紐が無いのに、蝶よ花の上を飛びなさい。見えない紐を気にしないで、羽を伸ばしなさい。若い蝶よ。震えていた蝶は、思い切って飛翔した。良かった。

今日のあなたお元気ですか。

葉桜が柔らかく優しい緑になっているのに気づかずにいました。本を開いてベンチに腰掛けて長い時を過ごしていた人は、確か桜の満開の日に、そのベンチに座ったと思う。

花びらがこぼれて、押し花になった時を思い出し、柔らかい緑の葉が、本に影を映し、時の過ぎたのを知ったのでした。人は時に、季節の移り変わりの瞬時を見過ごす時があります。その人は、本を閉じてベンチを立ち上がりました。本の間には、桜の花びらと、若い桜の葉が、押し花になっているのを、また後の時に知るでしょう。

英語の学びの為に、アメリカに旅発つ人がいます。お元気にて学んでください。あなたの未来は輝やいているでしょう。大学院に学びを得る人がいます。あなたの努力は、素晴らしい実をつけるでしょう。コツコツといつもながら、仕事をしている人がいます。かならずや良い時を得ましょう。あなたのその事が素晴らしいのです。

それでは、またお会い致しましょう。






4月12日

(C)2006スタジオ ポプリ


夜の国道を走っていると光の輪が夜空に耀いていました。突如、表れた回転する光の輪、それはチャクラのエネルギーみたいです。または、宇宙から、飛来したエネルギーかもしれません。夏の夜の花火みたいにも見えました

きょうのあなたお元気ですか。

あなたの街を通る夜の国道に何を見つけるでしょうか。
希望でしょうか、絶望でしょうか。
いや、希望だけです。

それでは、またお会い致しましょう。






4月11日

(C)2006スタジオ ポプリ



強い雨が降りました。木々も強い雨をシャワーのようにして、禊をしておりました。しばらく溜まった仕事を黙々と致します。早くにと思うのですが一年の事務の仕事をまとめるに、雨の日が似合っています。

今日のあなたお元気ですか。

やらなくてはいけない事は、やるわけであります。得意技でないところで、苦労をさせられるのは、その人が急速に成長します。ですから忍耐強くやるしかありません。強い雨は窓を打ちながら、そっと仕事ぶりを覗いているみたいでした。仕事をためちゃだめだよ。フッフッと笑っているみたいでした。強い雨です。

あなたも沢山の仕事が片付いてないかもしれません。強い雨に関心をもたれないように。片づけましょう。

それではまたお会い致しましょう。






4月9日

(C)2006スタジオ ポプリ



昼頃、仙台から帰ってきました。昨夜仙台の友人が、温泉に連れて行ってくれました。、何度も体を温めては休み、温めては休みを繰り返したら、体がほぐれて楽になってきました。

風流現代人のお風呂好きが沢山集まってきており、気を受けながらも、まず体を温め、何度も湯に浸かったおかげで、大地からのパワーを頂きました。

東京のワークショップが夜行われました。魂の家族です。座っていても瞑想やボデイワークは出来ますから、職場でも行うことが出来ます。椅子の背あてを利用して、イナバウワーみたいにそるのも良いでしょうが、ひっくりかえりません様に。

サイキックな力を育てるには、回りにある身近な教材で行われます。それはあなたの中で新しい発見や、仕事上での工夫になるでしょう。また若い方には新しい発明発見となります。教材も何も無かった所に生まれ出たものです。しかし、なんでも読みとるアンテナを張るオンの時間から、オフへの時間に変化をさせる必要がありましょう。

今日のあなたお元気ですか。

東京駅に着いたら、さくらの花の香りがして、風が暖かいのが嬉しいのでした。あなたもワークショップにいらっしゃいませんか。春の風みたいに軽やかになるでしょう。

それではまたお会い致しましょう。






4月7日

(C)2006スタジオ ポプリ



波のようにうねりながら、良いリズムとパワーが、山々からあなたの元にと届く事でしょう。仙台に来ました。蔵王連山は、素晴らしく美しいのでした。未来の人や、過去の人が来て、いろいろ思い出される事でしょうが、それはあなたが新しく生きる上に必要な事かもしれません。時に人は強いエネルギーに立っている事が出来ないように感じても良いのです。肉親縁が薄かったり、孤独感を感じたり、どうしようもない現実を見てもそれでよいのです。

地球学校は実にいろいろの体験をさせてくれます。

今日のあなたお元気ですか。

人を愛して受け入れるようになると、実に柔らかいオーラーになります。弾力があって、マシュマロのように、雲のように、ふんわりして、あなたのオーラーに包まれたいと人は思いますから、愛豊かな人になりましょう。

それではまたお会い致しましょう。






4月6日
東京高輪の春  (C)2006スタジオ ポプリ

(C)2006スタジオ ポプリ


東京高輪の春 (C)2006スタジオ ポプリ



        (C)2006スタジオ ポプリ


             (C)2006スタジオ ポプリ

ネー見て見て、高輪にこんなに自然があるんだよー。高輪の春はこんなに豊かでした。
ニューヨークでも、公園には沢山のハーブや薬草があって、チョッと採集に行くと、丼一杯食べられるんですって。都会の中にこんな自然を見つけると本当に嬉しくなります。

あなたも高輪にきて見ませんか。またあなたのお住まいの所にも、見つけてみて下さい。沢山の春が足元や、目の上より高い所で、咲いています。アー春や春。

今日のあなたお元気ですか。

表れ出てきたものは、今日や昨日のことではありません、長い年月また、一年二年と積み重ねた結果が出てきます。その時いろいろ分かります。指導者はあせらなくても良いです。表れ出たのは結果ですから。その時はっきりと言えたり、対処することが出来ます。良い麦と毒麦は、種の時は分かりません。成長したら分かるのたとえ通りに。

春の妖精たちはあなたの元を訪れていますから、気が付いてあげて下さい。

それではまたお会い致しましょう。






4月4日

(C)2006スタジオ ポプリ


(C)2006スタジオ ポプリ



愛らしく咲く八重桜、林檎の果実を連想させます。カリンとかじる林檎から甘酸っぱい汁が喉に落ちていく。至福の味を思い出しました。林檎は紅玉が良い。

今日のあなたお元気ですか。

満開の桜の木の下で、人々がのんびり昼休みの一時を過ごしていました。ここは品川駅高輪口3分の所にある、やや小高い丘に、ホテルに続く水族館があります。連日たくさんの人が訪れています。

あなたのお住まいの所に、工夫を凝らした水族館があることでしょう。時間がある時に、水族館を訪れて魚と対面するのも楽しいです。住む世界の異なる魚達は、都会生活をしているあなたの、慰めと癒しをしてくれるでしょう。

数日したら花びらとなる桜の下で、満足して
桜の優しい香りと、集まってくる、小鳥の声を聞きながら、実によい気分なのであります。

お花見と水族館と、そして紅玉林檎と、楽しい連想ゲームのように思い出しながら、お抹茶に、お饅頭も良いなど楽しい連想ゲームを致しましょう。

今あなたの現実の中で、チョッと大変な事があったりしても、連想ゲームのように、楽しい事を想像して下さい。すると案外そのようになっていきますからね。

寂しいなどと思わずに、楽しい、楽しい、嬉しい、嬉しい、幸せ、幸せと思いましょう。口に出して言うともっと効果があります。

それではまたお会い致しましょう。






4月3日

(C)2006スタジオ ポプリ


(C)2006スタジオ ポプリ


(C)2006スタジオ ポプリ


(C)2006スタジオ ポプリ



夜半にフット目覚めると、雪が降っていました。ああここは北海道なんだなと思いました。カナダの町並みの様でもあります。日本にない雰囲気です。何もかも雪で覆われ、夜の光で照らし出される幻想の世界でありました。ムーミン一家が、楽しそうに遊んでいるようにも見えました。粉雪は砂糖のパウダーみたいに静かに降っていました。

今日のあなたお元気ですか。

インターネットを上げるエアーHの部品を忘れてきてしまい、タイムリーにお伝えできない事が残念でした。滞在するビジネスホテルによってはランケーブルが入っているので、そのまま通信できるのですが、ホテルによっては、その設備が無いと、エアーHの部品が必要です。外国の場合は、プロバイダーで短期使用の契約を日本において致します。しかしカバンを開いたら、道具が無かったのは重ね重ね残念でありました。

夜半の雪を見ながら、夜にタクシー運転手さんが連れて行ってくれた、時計台ラーメン屋さんの、やや辛味の効いた、おいしい味を思い出しながら北海道の長い歴史を思うのでありました。

開拓が行われ初めて数世紀をへて、現在の北海道になるまでの歴史を紐解いてみました。

北海道としての島が出来上がった長い地殻変動期や、氷河期で氷結した海をナウマン象が渡り、人々も海峡を越えて渡って来たかもしれません。また暖かい時期もあり、縄文文化や弥生の文化もあって歴史は更に進みました。

12世紀の末ころ北海道の南部では本州から移り住んだ人々が植民地を造りはじめていました。この人達は本州からきた人ということで和人と呼ばれています。北海道の住民は蝦夷(えぞ)と呼ばれたことは良くご存知でしょう。

お互いに交易をおこない、力を大きくして行きました。政治的にまとまりはじめた和人は、次第にアイヌ民族の生活の場を侵すようになり、15世紀のなかごろから長い戦いがはじまりました。やがて和人勢力はまとめられ、蝦夷島南端の松前を中心に和人社会がつくられました。蛎崎(かきざき)氏を中心の松前藩ができました。

藩は各地のアイヌ民族と交易し、支配を強めていきますが、このやり方に怒った蝦夷の人々は、シャクシャインを中心にして藩と戦います。この戦いは藩の勝利に終り、以後アイヌ民族は松前藩の支配のもとにおかれます

18世紀には漁業が盛んになり、また船の改良も進み、蝦夷地の産物は大坂方面へ積み出されます。こうしたなかで、藩主や家来がおこなうアイヌ民族との交易は商人が行うようになりました。これを「場所請負制(ばしょうけおいせい)」と呼びます。商人たちは、初めは交易するのみでしたが、アイヌを漁などのために労働者として使うようになります。これにより蝦夷地の漁業は盛んになりますが、アイヌ民族はひどい扱いを受けるようになっていきます。

18世紀後半になると、欧米の船がしばしば蝦夷地周辺に姿をみせ、取引を求めました。このため幕府は蝦夷地を直接に治め、アイヌ民族の和人化を進めます。幕府は1854年に諸外国と和親条約を結び、再び蝦夷地を治め、箱館港を開きます。箱館には外国人が住み、新しい文化や技術がもたらされます。そして新勢力により、幕府の時代は終ります。

明治政府は明治2年(1869)に開拓使を設け、北海道の開拓を始めます。それは、サハリンで日本とロシアのとの間で国境を決めていなかったことから争いが続き、政府も日本の北方地域に関心を寄せざるをえなかったからです。

また、政府は欧米先進国から押し付けられた不平等な条約の改正をめざしました。そのためには、欧米の技術や文化を入れ、経済的にも軍事的にも同等の国力をつけることを考え、北海道の豊富な資源や農業に適する未開拓の原野の開発に期待をかけたのです。当時のお金で1千万円という多くの国のお金を10年間に使うことを決め、アメリカ合衆国農務局長であったケプロンを最高顧問として招きました。開拓使は測量・土木・地質・農学などの広い分野にわたり、主としてアメリカの技術者を招き、開拓はこれら技術者の調査と指導により進められました。

その結果、開拓の中心地に定められた札幌は、短い期間に広い道路を持ち、洋風の建物が並ぶ近代的な都市となりました。開拓使は多くの蒸気船を所有して海運の便をはかり、道路を造り、鉄道を敷きました。新しい産業をおこすために各種の試験場が置かれ、欧米の農作物・家畜・農業機械が入れられ、資源を生かした製材・ビール・缶詰などの工場が建てられ、炭鉱も開発されました。また、開拓のための人材を育てるために札幌農学校を開きました。

開拓使はまた、手厚い保護のもとに農民の移住をはかりましたが、うまくいきませんでした。例外は職を失った武士たちで、彼らは旧領主のもとにまとまって、または北辺の防衛と開拓のための屯田兵(とんでんへい)として、北海道に渡ってきました。彼らの開いた村々は、その後の開拓者の模範となりました。

明治19年(1886)、北海道庁がおかれます。それまで政府が直接おこなってきた開拓は、民間中心に変わりました。

北海道庁は道内を治める行政を行うほか、北海道を開くための事業も進めました。未開の原野を調べ、開墾予定地を選び、一区画の最小の面積を約5haとし、これを農家一戸分としました。これにより北海道らしい農村の風景がつくられていきます。予定地の区画が進むと入植者は増え、開拓地は北海道の中央部へ、さらに北部や東部へと移っていきました。入植者は小屋を建て、故郷から持ってきた道具で開墾をはじめ、新しい生活を築いていきました。

1890年代、沿岸での鰊漁が最も盛んとなり、また漁具や漁法の改良により沖合漁業も盛んとなります。また稲などの品種改良や栽培法の改善が進み、北海道らしい農業が作られていきます。地下資源の調査も進められ、各地に鉱山が開発されました。20世紀の初めは製紙・製鉄・製鋼などの工場がつくられ、さらに第一次世界大戦が始まると、多くの工業がおこり1920年には工業は道内産業の一位をしめます。

道路・鉄道・港湾などの整備も一層進み、1920年代には道路や鉄道の幹線が完成しました。これらの土木工事のために、囚人やタコと呼ばれた労働者が厳しい作業につかせられました。内陸部の開拓が進み、アイヌ民族に対しても農業がすすめられますが、もとからの生活と異なることもあり、うまく行きませんでした。

第一次世界大戦の好景気は北海道の産業にも大きな発展をもたらしました。大正7年(1918)には蝦夷地を北海道に改めてから50年目を記念して北海道博覧会が開かれ、それをきっかけに函館・小樽・札幌などに銀行や企業が進出し、経済が活発になりました。そして百貨店やレストラン、映画館ができ、路面電車が開通するなど活気に満ちた町並を生みます。出身地からの生活方法に加え、洋服や防寒着の工夫、ストーブの普及、住宅の改良など、北海道に適した暮し方が生まれるのもこの頃のことです

しかし、この後の不景気により、物価の値上がり、企業の倒産、失業者の増加と、道民の生活は苦しさを増していきます。この不況に対して、酪農の奨励、新採炭技術の導入、沖合いや北洋への漁業進出などがおこなわれます。このような中、1910年代から20年代にかけて、北海道でも普通選挙権を求める運動や労働争議、小作争議などがみられます。しかし、こうした運動も普通選挙法とともに定められた治安維持法によって押さえつけらていきました。

1929年に始まる世界恐慌に加えて道内に相次いだ水害や凶作は、食料不足と生活苦をもたらし、さまざまな問題を引き起こしました。この時期、日本の中国に対する新たな侵略が始まり、15年にも及ぶ戦争の時代に入ります。戦争は中国から東南アジアに広がり、さらに太平洋戦争へと広がっていきます。長びく戦争は生活物資や労働力の不足をもたらし、それを補うため朝鮮人や中国人の強制連行がおこなわれました。昭和20年(1945)には本土への空襲が激しくなり、戦災疎開者を受け入れますが、空襲は道内にも及びます。

戦争は、日本のみならず周辺の国々に多くの被害を与えて終わりました。敗戦の混乱のなかで、日本の生産力は著しく低下し、食料や日用品がたいへん不足しました。さらにインフレーションがおこり、それが人々の生活をより苦しいものにしました。

そしてこの敗戦は日本の社会の仕組みを根本から変えました。アメリカを中心とする連合国は、日本を軍国主義から民主主義国家にするために、新しい憲法の制定・財閥の解体・戦争協力者の公職からの追放・農地開放などいろいろな改革を行いました。また、婦人の参政権や言論の自由など基本的な権利が大幅に認められ、政党や労働組合の活動も盛んになりました。

日本の経済の発展のため、北海道の土地と資源が再び注目されました。昭和27年(1952)、政府は新たに北海道総合開発計画を立て、多くのお金を使い、農林漁業をはじめ地下資源や工業の開発と、道路・港湾・空港などの整備を行いました。そして、北海道の産業は1960年代には大きく発展しました。しかし、鰊漁業が消え、エネルギー革命にともなう石炭から石油への交代、農村や漁村から都市部への人口移動による過疎・過密など、新たな問題も生れました。

まだ手つかずに残っている自然が北海道には数多くあります。山や湿原などの自然環境、の中に生きる動物や植物もありましょう。今後の生活を豊かにするため、経済の発展や生活の向上や、環境を守るための、クリーンエネルギーの利用、新技術にもとづく食料生産、環境を生かした地元産業の育成、価値の高い製品開発、交通・医療・文化施設などの公共施設の充実、寒さや雪氷を利用する考えを作ることなどが挙げれている様です。

北海道は、まだ不景気の影響が残っているようですが、素晴らしい北海道の大地であり、長い歴史の中で、幾多の激動期を経た人を祖先に持った道民は、強くパワーフルでありましょう。これからの更なる北海道のご発展を期待して、ほんの一部の北海道を見たに過ぎず、またわずかな滞在ではありましたが、また行くぞう北海道に。夜半の雪は更なる希望と期待がありました。

それではまたお会い致しましょう。






4月2日

(C)2006スタジオ ポプリ


(C)2006スタジオ ポプリ
マサコさんのクリスタルのワークショップ約150名参加


第一回北海道すぴこんおめでとうございます。参加させていただき誠にありがとうございました。大勢の参加者がおいでになり賑やかなすぴこんとなりました。北海道はまだまだ不況の影響が残っているとのことでありますが、これを機に、より良い活性化したすぴこんになります事を大いに期待いたします。

今日のあなたお元気ですか。

何がきっかけになるか分かりませんので、とにかくチャレンジしてみる事は大切な事ではないでしょうか。あきらめるのでなく、捨てるのではなく、準備しながらメッセージを聞きましょう。待ちましょう。積み重ねましょう。すると天の時、人の時、場所の時を得て、何かをつかみますから。それはあなた自身しか出来ません。

しかしいくらやろうと思っても、なかなか出来ないから、石でエネルギーを貰うのであります。滞っていたエネルギーを、解決する為にマサコメソットや、ポテンシア流のノウハウで塩やセージや、お墓の浄化や、土地の浄化をしなくてはいけないのでありますね。

するとこれらが積み重なった時に、何かが変わるのであります。

それでは又お会い致しましょう。






4月1日

(C)2006スタジオ ポプリ


(C)2006スタジオ ポプリ



(C)2006スタジオ ポプリ


(C)2006スタジオ ポプリ



石垣島から3000キロ、北海道は直ぐ傍にあります。昼間の機内から見下ろす蔵王連山を過ぎ、名もよく分からない雪山の噴火口が、ポッカリと空にオーの字で口を開いていました。北の国の山々をそっと、のぞき込みました。4月に入っても、まだ雪深い北の山々です。

山を愛する人は、厳しい現実が来たとしても、乗り越えて行く事が出来る人です。それでは、海を愛するあなたは、それは深いところまで物事を見つめる事が出来る人です。海も山も実に見事な北の日本です。

やがて大きな隔たりのある、津軽海峡を越えると北の大地に出会います。北の家族は皆仲良く大地に根を張って生きている。

機内のコーヒーを飲みながら、メランコリックに、大地をのぞき込みました。深いチェロの音楽を聴いているためでしょうか。普段はあまり積極的には飲まないコーヒーを楽しみました。北の大地はそんな気分なのかもしれません。

蝦夷であった時代や、迫害を受けた時代や、屯田兵の事などが、記憶に無い中からまさぐりだしたのであります。胸苦しくもありました。何かが詰まっているようにも思えました。

天と大地を分けるこの空間を飛行しながら、なぜか深いところの自分に浸かっているのでした。この海を越えたらこの先は希望があると奥の物が言いました。

北の大地は、雪が残っていました。白樺の木の若木がまだ若い北海道を感じたのです。北海道の経済状況もなかなか大変であると聞いておりますが、豊かな大地は大きな恵みを持っていますから、活力をあたえてくれます、必ず。

飛行機は静かに新千歳空港に着きました。大きな大地でした。

今日のあなたお元気ですか。

明日は、札幌市の厚生年金会館、3Fにて北海道すぴこんが初めて行われます。私のワークショップは、2時30分からスタートです。お近くの方ぜひお出かけ下さい。どんな北の家族との出会いがありますかと思うと、大変に楽しみであります。

それでは又お会い致しましょう。