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8月31日

(C)2005スタジオ ポプリ



台風の日。子供達は、まだ小雨の時は、大はしゃぎで雨水と遊びます。

台風13号がすごい勢いでやって来ました。風は本当にピューピュー、といって吹きます。風はゴーゴーと何度も窓を打ちます。街をたたく音、風の音、風の交響曲です。

風の交響曲が済むまで、我ら人間は建物の中にじっとして、通り過ぎるのを待ちます。あまりひどい台風なので、旅行鞄に着替えを入れて、いつでも避難できるように用意しました。しかしどこにも逃げるあてはありません、と言って笑いました。

いつも笑っているみたいに咲いていた、満開のハイビスカスの花々は落ちるでしょう。

今日のあなたお元気ですか。

ここまで打っていた時、突然ピシャピシャと音がしました。はて交響曲に、まるで違う音が入ったのかなと思った瞬間、これはただならぬと気づきました。雨漏りです。この建物は、堅牢な2階建てのビルです。2階はこの広さのまま、普通の住まいとして人が住んでいます。

雨漏りと言うより、土砂降りの漏水といったほうがよいでしょう。2階の様子を見に行ってもらってる間、まず商品に作業用の大きなブルーシートをかけました。

次は、3台あるコンピュターとプリンターの移動をしました。店の中央部が被害がないようなので、作業テーブルの上に移動してビニールをかけました。セージが発送したばかりで、セージ量が少なくなっており、全部ビニール袋に入っていて助かりました。

2階の様子は、配水管が詰まり、2階の部屋に水が溜まって水浸しになり、今、消防自動車を呼んだとか、火事場の馬鹿力と言うように、よく短時間で物を避難させたなと思います。避難は人間でなく、商品だったのです。それから延々4時間以上かかって、水を外に出す作業をしました。沢山のバケツが部屋に並びました。バケツも一昨日、綺麗に荒い干して置きました。

とにかくやるっきゃないのでしかたありません。今まで台風の被害から良く守られてきたなと感謝しました。2階のお宅の配水管は、修理をしてもらわなくてはなるますまい。悪戦苦闘する間に、雨風もおとなしくなり、台風の目なのか台風が過ぎ去っていったのか、今やっと腰を下ろして、続きを打っているのであります。

朝の風の音を聞いた時、いつもと違うから、お店の出入り口のテントを上げて、丸めたほうが良いといって、丸め上げてもらいました。裏庭にある諸々の物を倉庫に入れて置きました。風の音がいつもと違うからです。

ここで必ず片づけを手伝う人は言います。いつもと変わらないよと、なんだか説明は出来ませんが、何となくいつもと違う様子を感じたら、そのまま感じた通りに、回りの者がなんと言おうが、強く感じたままのことをした方がよいでしょう。

何度もセージを炊きながら、結局浄化をしながら、大掃除になりました。いつの間にか夜半を過ぎておりました。心倒れることなく大掃除が出来てよかった。

それでは、またお会い致しましょう。






8月30日

波間を飛ぶ赤とんぼ
(C)2005スタジオ ポプリ


(C)2005スタジオ ポプリ



波の間に 何をさがすか トンボたち


絵日記みたいな 飛行機かな


今日のあなた御元気ですか。

台風13号と14号がランデブーで来るといふ。

空は混乱 荷物は後回し、

荷物は1週間ぐらい遅れるそうです。

恋人とのランデブーは良いけれど

台風のランデブーは困ります。

空は混乱、大混乱。

三日に福岡、行けるかな


それでは、またお会い致しましょう。






8月29日

石垣市民会館
(C)2005スタジオ ポプリ


(C)2005スタジオ ポプリ



昨日は石垣のワークショップでした。市民会館は、涼しい風が吹ぬけます。市民会館の床は、タイル張りですからひんやりと涼しく心地よいです。演劇集団みたいなワークショップでした。お互いが研鑽しあいます。自己の魂とのふれあいの場です。

今日のあなたお元気ですか。

ふと立ち止まり、風の音を聞きました。台風13号が直ぐそばまで来ているようです。台風が通常通りのコースで来るみたいです。

島のスーパーは買い物をする人が増えてきたようなので、何か買っておこうと思います。缶詰や乾麺が売れるそうです。

台風の後は、納豆がしばらく無い日々があります。沖縄本島からの貨物船が来ないからです。普段あたり前のようにして生活している事が、台風が来る時改めて、食べ物一つの大切さを思うのです。

心に思う事がある時、また今ひとつ、すぐれない時ワークショップを受けてください。ワークショップ石垣は、日本最南端の島です。4万5千人の人の中から、お出かけ頂き、水晶に触れてくださる事は素晴らしいと感動した次第です。

この中からテイチャーガ育ちます。

  風はやさしく声をかけるよ 来たね来たねと

  風はやさしくささやくよ おいでおいでと

  風は微笑むよ そよそよと

  風は歌うよ ぴゅーぴゅーと


強い風ハリケーンが60メートルの強さで米国のルイジアナで吹き荒れるんだそうです。どんな風だろう。

それでは、またお会い致しましょう。






8月27日

(C)2005スタジオ ポプリ



夕日を見ながらパンと牛乳の夕食を食べました。コンビニパンでも、豪華な食事のように感じます。夕日は、パン一つ食べ終わらないうちに、西表島の向こうに落ちていきました。

今日のあなたお元気ですか。

親子でも兄妹でも、義理ある人同士でも、なぜかぶつかり合う人がいる場合いがあります。それはなぜだか良く考えてみると、自分にどこか似ている事が多いようです。

特に自分のウィークポイントが嫌いであるから余計に似ている近い人を見るとなんだか嫌になって、ぶつかり合うのです。ですからそのような、一つのパターンに陥っている人は、自分のウィークポイントを含めて、自分はなんと、いとおしい、素晴らしい存在なんだと、そのまんま、受け入れてあげてください。

すると、近い存在の自分に良く似た人を受け入れて、許せるようになるでしょう。何かが大きく変わるでしょうから。すると今まで許せなかった人に対しても、オープンになるでしょう。

そんな一つのパターンに陥っているあなた、やってみて。

それでは、またお会い致しましょう。






8月26日

(C)2005スタジオ ポプリ


花は案外シンプルな顔をしています。花びらが散るまで厭かずに眺めていましょう。シンプルな顔を見ていると、こんなで良いのね生き方もと思います。

今日のあなたお元気ですか。

夕闇が濃くなってきた空に、飛行機が魚みたいに上空へと泳ぐように飛んで行きました。思わず遅くまでご苦労さーんと言って、夕闇に向かって手を振りました。一瞬の勢いは美しかったのであります。

働いている時のあなたの一瞬の顔が素敵です。あなたがお店を出す時の、その緊張感が素晴らしい笑顔を作ります。これからお店屋をしようと思っているあなたが、緊張感の中で準備している事が素晴らしい。

食べ物は、胃に収めましょう。一瞬食べ過ぎたからといって、やたら吐き出しませんように。食べ物となってくれた食材が可愛そうですから。そしてあなた自身が可愛そうですから。食べ物は、直観力と少々の頭の体操と思って頭で食べましょう。過食も拒食もあなたの体内バランスをとることで開放します。

石を持つことをお勧めします。自分の中の何かが音を立てるようにして、大きく変わりますから。

それでは、またお会い致しましょう。





8月25日

(C)2005スタジオ ポプリ


旅立ち、出港は見るだけでも良いものです。希望に満ちていて、行ってらっしゃいと手をふりましょう。送る者も希望に溢れてきます。

今日のあなたお元気ですか。

お金の問題も何とかなるさと思いましょう。今日を一生懸命に生きたらね。健康の問題も、甘えず体と心を鍛えたら、何とかなると明るく思いましょう。

今の時間、台風が関東地方を通過して行きます。通り過ぎてしまえば青空が見えるでしょうから、今しばらく待っていましょう。石垣島の人達は、台風に耐える精神力があります。何事もポジティーブに耐えて行けたら、未来は明るいのです。

すぐに、いやになっていないよね。

それでは、またお会い致しましょう。またお会い致しましょう。






8月23日

(C)2005スタジオ ポプリ


朝の海は、小さな船達が全速力で釣り場に向かいました。誰よりも先に行きたいからと、全速力で走ります。水飛沫がぶつかり合います。

人と人ともぶつかり合います。お互いの主張を譲らずに、ぶつかり合う時、傍にいる者は、エネルギーが燃え尽きるまで、待って見てあげる事が大切でしょう。

今日のあなたお元気ですか。

石垣島の小学校、中学校はもう2学期が始まりました。今日から給食も始まり、働いているお母さん達はどんなにか助かる事でしょう。

人の為に働き、人はまた自分の為に働いてくれる、こんなに素晴らしい事はありません。ヨーロッパの教会堂で、素晴らしい彫刻を見たと聞きました。それは隣の人にスプーンで、おかゆを食べさせている様子だそうです。隣の人に、スプーンで次々とおかゆを口に入れて食べさせてあげ、丸く輪のようになり、隣はまたお隣にと、次々と繋がっていって、最後は自分の口をお粥が満たしてくれます。

スプーンが長くて、自分の口に運べないので、お互いに人の為に働きます。人の為に働くと自分が生活できます。今どのくらい働いているかな。

それでは、またお会い致しましょう。






8月22日

(C)2005スタジオ ポプリ



夕日は刻々と変化をしていきました。人生の中では変化はたえずあります。またそれは宿命ともいえましょう。子供は少しずつ大きくなります。大人は肉体が変化しながら、魂は励んだ分アップしていきます。夕日は落ちていきました。明日の新しい太陽になって。

今日のあなたお元気ですか。

テイチャーズの、「わあこ」さんをご紹介いたします。ヨーロッパのオランダに滞在されていた、わあこさんは、海外の生活体験を生かし、自己の研鑽を積まれました。天使からの良いメッセージをあなたに伝えてくれます。主婦でもあり、子育て中ですので、あなたと共感することが多いと思います。ぜひ、わあこさんの元へ尋ねて下さい。柔らかいオーラーは、あなたに何かを感じさせてくれます。

わーこさんのホームページはこちらから

森羅万象皆変化しながらより良い変化を期待し、大いなる源に感謝いたしましょう。

それでは、またお会い致しましょう。






8月21日

(C)2005スタジオ ポプリ
石垣の森の木


木はしっかりと根を張っていた。根は張りながら何を思うだろう。人間とは異なる意識で模索しながら、根を伸ばしていくのかもしれない。

今日のあなたお元気ですか。

マサコメソッドテイチャーのご紹介をしていこうと思います。皆様それぞれの所で、勉強と研鑽を積まれた方々です。ご縁があってマサコメソッドで、お互いの研鑽に励まれました。

またそれぞれのスタンスに帰り、研鑽を積まれます。すぴこん等を通して皆様とのご縁がある時もありましょう。その時には、迷うことなくセッションを受けてみてください。必ずあなた様の助けになりましょう。

J セネカさんは、まだお若い男性のテイチャーです。笑顔で優しいトークで、分かりやすくあなたをヒーリングし、リーディングされます。ホームページは『癒しの部屋、人生学の部屋』の名前です。実力ある青年です。このような青年が、次の世代を担う事が素晴らしい事と感じます。ホームページはここから。

若いあなたに期待しましょう。木の根は知らず知らずに大きく強くなります。

それではまたお会い致しましょう。






8月20日

(C)2005スタジオ ポプリ



雨の石垣島は、なんとなく寂しげで情緒があります。雨にぬれたノラ犬が道路を上手に横断していきました。お店屋さんの飼い犬が、冷房の効いたショーウインドウから外を見ていました。目が濡れているように見えました。郊外に飼われているワンちゃんは、飼い主のトラックを追いかけながら、散歩をします。アメリカ映画を見るように元気でした。

今日のあなたお元気ですか。

ポテンシアの冷房機が一台壊れてしまいました。修理は旧盆明けとのこと、室内がとても暑かったのですが、雨が降りましたので少し涼しく感じます。街も静かです。皆家にジッとしているのかな。何となく人恋しい人がいるのかもしれません。

それでは、またお会い致しましょう。






8月19日

(C)2005スタジオ ポプリ



スーパーストアーに色とりどりに並んだ、旧盆飾りのお菓子です。夜になると爆竹が上がって、見送りの行事です。雨が降っていますのに賑やかです。

今日のあなたお元気ですか。

不思議な事に3日たつかたたないうちに、環境に順応します。あちらこちら痛みながら順応します。あなたもワームホールに乗って、上手にワープ致しましょう。素晴らしい事が必ず待っています。

一見良くないように思っても、越えたら、必ず良い方向にある自分を感じることでしょう。石たちがあなたをサポートします。あなたの石達は、元気ですか。ラフローヅクオーツ、ウルグアイのアメジストクラスター他入荷しております。

明日は写真が載せられるでしょう。また見てください。修理その他、お仕事が遅れている方ごめんなさい。順番に対応しています。

こちら石垣島在住のシャーマンさんの手が腫上り、病院で抗生物質の点滴を受けたとか、ちょっとした傷に、ばい菌が入ったそうです。泥の中には、何千種類の菌類が住んでいます。良い菌類もたくさんあるでしょうが、体に害を及ぼす菌はもっと多いのです。怖がるのは良くないのですが、今さらながら、石鹸で手を洗いましょう。爪を切りましょう。傷口を作らないように、傷が出来てしまったら、水や、塩水でよく洗いましょう。消毒液も必要なら使いましょう。と小学生みたいにお伝え致しましょう。島の小さな子供さん達は、蚊の引っかき傷から、とびひや、皮膚湿疹が多く出ているようです。ホメオパチー等のレメデイ等でも、良いものが沢山あるかと思いますが。

素晴らしい自然環境は、海に出るとハブクラゲがいたり、山に登ると本物のハブがいたり、大自然があるところは、人を拒み、人もまた、自然と共生しながら自然を壊すことなく、生きていかなければなるますまい。

それでは、またお会い致しましょう。






8月18日

(C)2005スタジオ ポプリ



喜納昌吉(きなしょうきち)さんのCDを那覇国際通りで買いました。2階には彼のライブハウスがあるようです。CDを聞いてみました。形にこだわらない歌い方と、琉球琴の感動的な音色と、聞いた事のない、そしてどこか懐かしい響きが素晴らしく良かったのです。何か引っ張られるように、街を歩いたのですが、CDを買い御用が終わったように感じ空港にもどりました。響きの波は人を引き付けます。

今日のあなたお元気ですか。

ポテンシア石垣島店に戻りましたら、可愛いカニさんみたいに、内地から石垣島にこられた方々が、サワサワというふうに、店に訪ねてこられました。新しい石を求められる時期なのでしょう。石の波が人を引き付けます。

一年ぐらいの間に、背中に脂肪の塊が少しずつ膨らんできてました。東京にいる頃から気になり始めていました。石垣島に帰ったら、病院に行こうと思っていました。島に帰ったら途端に痛み始め、病院の皮膚科に行きましたところ、バッサリと切られました。皮膚の下にもうひとつ皮膚の袋が出来て、そこに垢がたまるのだそうです。お食事中でしたらごめんなさい。ドクターがその箇所を押し出してくれました。終わって濃盆を見たら、真っ赤な血のガーゼがこんもりとしていました。ここのところ赤のテーマを取材しましたが、自らの赤い血がこれもそうだと思いました。残念ながらカメラを持ってきませんでした。

赤い血は、自らの中を流れているのでありますね。あなたともね、同じ血なのですね。

それでは、またお会い致しましょう。






8月17日

(C)2005スタジオ ポプリ



沖縄にはたくさんの赤があります。那覇国際通りは、いつもながら賑わっていました。日頃あまり気にとめない、あなたの生活の回りも色別にして見て見ると、案外面白いかと思います。

今日のあなたお元気ですか。

沖縄では、今日は旧盆の入りの日です。ウンケー(精霊迎え)と呼ぶそうです。生姜とソーローメ-シ(おはし)と供物を供えるそうです。サトウキビも供えます。その他いろいろ色鮮やかな色物のお菓子を供えます。生姜の強い匂いで、邪気を払うそうです。

バナナ、パイナップル、スイカ等の果物と、グーサンウージ(サトウキビで出来た、霊のための杖)それらを並べて、夕方家族が総出で門の前に行き、先祖の霊をお迎えするのだそうです。

これは本当にスピリチュアルな行事かと思います。先祖を大切にし、家族親戚で楽しく集う日のウンケーは、ご先祖様ばかりでなく、みなを楽しく喜ばせてくれる、良い行事ですね。

午後久しぶりで石垣島に帰りました。那覇より更に暑く陽射しは強く、しかし木陰に入ると、サラリとしています。

先祖の霊を迎えるエイサーの掛け声が太鼓の音と共に、元気に聞こえました。

それではまたお会い致しましょう。






8月16日

首里城から那覇の眺め(C)2005スタジオ ポプリ



仙台宮城方面の地震お見舞いを申し上げます。

広い範囲の揺れのようですがあなたの所は大丈夫でしたでしょうか。とお見舞いを申し上げます。

夕方の沖縄那覇にも、地震がありました。日本中が共振し揺れているようです。

今日のあなたお元気ですか。

それではまたお会いいたしましょう。






8月15日

守礼の門(C)2005スタジオ ポプリ


奉神門(C)2005スタジオ ポプリ


正殿(C)2005スタジオ ポプリ


正殿の内部(C)2005スタジオ ポプリ


33もの龍に守られている正殿
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国王の椅子(C)2005スタジオ ポプリ


琉球石灰岩による城壁
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パードンの慰霊演奏(C)2005スタジオ ポプリ

守礼門にて(C)2005スタジオ ポプリ


夕闇迫る首里城(C)2005スタジオ ポプリ


ライトアップされた首里城と月
(C)2005スタジオ ポプリ



私の住んでいる部屋は、たしか3階でした。いつの間にか私はエレベーターに乗っていました。エレベーターの中は、朱に染められていました。エレベーターは時空を越え、過去へとワープし降りて行きました。赤の朱の色は命の色です。

過去へと戻った私は、母の背にいました。昭和20年の東京大空襲の時代にいました。燃えさかる炎は赤々と燃えさかり、東京蒲田の生家が焼夷弾で燃えました。火の粉は飛び、ただ炎を上げて燃える家を、母も小さい兄も呆然と見つめるのでした。

もうどうしようもないと悟り、兄の手を引き、赤ん坊を背にその場を逃げました。燃えさかる炎、人々の阿鼻叫喚の様子を見た赤ん坊は泣きました。

炎を逃れて、我に返った若い母親は、赤子のオシメを変えました。電車の来ない、線路の上で、赤くただれてしまった赤子のお尻をぬぐい、命からがら逃げたのに、「ごめんね」と涙をこぼしました。

オシメを変えられている赤子の目に映ったのは、線路わきに真っ赤に燃える様に咲く、赤いカンナの花でした。夕日は建物が焼失して空が広くなり、カンナを赤く際立たせました。赤いカンナの花の色が赤子の目に残りました。

赤いカンナの花の色は、命がけで守ってくれた愛の色です。生きている証の色です。

フッと気がつくと、首里城守礼門の前にワープして立っていました。赤いカンナと同じ色に感じました。赤い朱色の首里城は命の城です。琉球の色です。

終戦記念日の今日、私は過去の戦火の中にいました。そして、見知らぬ地の再生と、復活をした素晴らしいパワーの首里城に立っていました。

門をくぐると、雅な琉球の宮廷音楽が流れて来て迎えてくれました。月とうの葉のふくいくとした香りがしてきました。

城の正殿は、国王の政務や、様々な儀式が行われた建物です。正面の石階段の両脇には、龍の彫刻がされ、屋根や柱などにも、首里城の中心的な建物にふさわしい沢山の装飾がなされています。33対もの龍が城を守っております。城の中は、命の中を歩いている様です。活動的な若い命です。

首里城の歴史は、14世紀末に創建された、中国や日本の文化も混合する琉球独特の城です。海外の交易の港として栄えた、那覇港は活気に満ち、中国との貿易の進貢船(しんこうせん)が行き来しました。赤は琉球の色彩です。

那覇港は、琉球とアジア、世界各国を結び栄えていました。そのおかげで、多くの財産が首里城を作りました。4度の、焼失の後再建され、沖縄戦で破壊されました。

戦後は、琉球大学として活用されておりましたが1991年、昭和61年に復元されました。復元にあたっては国レベルで、多くの人たちの多大な研究の成果により復元がなされました。

首里城の再建は伝統的な技術の継承に大きな役割を果たしました。今では首里城公園として、沖縄県民はもとより日本中から多くの人が訪れます。また2000年世界遺産としての登録をされて守られております。

城壁を前に立つと、海から吹き上げる風が丘を駆け上がり、木々や家々を通り柔らかい風となって、吹いてきました。風は、サラリとしていて実に気持ちが良いのです。

沖縄の琉球石灰岩を積み上げた頑丈な城壁は、来るものを拒み寄せ付けません。強い石組みは、亀甲模様に積み上げられていて見事です。城壁がこのように分厚いものとは知りませんでした。人がゆうに生活できる空間です。

Kさんのリーデイングをした時に、城壁にすんでいた時代が見えましたが、それは、十分ありえるのだと思いました。

城壁はどんな強い風も、地割れも何者も壊し破壊する事はありません。今は、平和の城を守るばかりです。城を守り、無言で立って風を受けている城壁を見ました。風は吹きぬけながら、多くの情報と実りをあなたに伝える事でしょう。

首里城に立つことでエネルギーとパワーを人々はもらいます。幾多の困難に合っても、克服し再建する力を人は持っています。天のように強い力です。結束する多くの人の力が、可能にしました。

この場所に立つことで感じます。琉球の歴史を想います。世界の人々が平和であることを願い、国王が神官に祈りを行わせた、聖所が10あります。その中には、今も神の守りをする人達が供物をささげている一つの場所があります。他の進入を拒むかのように、強い結界が張り巡らされていて、近寄ると結界の強さに体が痛みます。

パードン佐藤が平和の願いを発信する、クリスタルボウルの演奏を始めたのが見えました。時代を越えて、世代を越えて平和と愛のクリスタルボウルの演奏が始まりました。クリスタルボウルの響きは、トンボや蝶々や、スズメや、名前のわからない鳥達を引き寄せます。

トンボや、蝶々やスズメは知っています。クリスタルボウルの響きが、平和に貢献し、人々を癒す事を知っています。近寄っても良い事を知っています。

奏でられる癒しの響きは、多くの犠牲になった人達に祈りを捧げます。日本中の世界中の人達に、クリスタルボウルの祈りは届けられるでしょう。風よ伝えておくれ、この美しいクリスタルボウルの響きを世界中の人達に。もう悲しみに包まれないように、悲しみの衣を脱がしておくれ、風よ風よ、この響きを伝えてください。

夕闇が迫り、たくさんの人達が、ライトアップされた首里城にやって来ました。昔の人達も多くいました。国王に付き添うように守っている人達もいました。城(グスク)同士の戦いがあり、戦う兵士の姿が幻のように見えました。時代がスライドするように変わっていきます。アメリカ軍の砲撃を受けて、ズタズタに打ち砕ける首里城の様子が見えました。日本兵も戦い、砲撃のすさまじい音と閃光が見えます。根こそぎ打ち砕かれて、貴重な資料が炎に燃えました。無意味な戦は、多くの命が沖縄から消えました。多くの涙と共に。

生家が炎に包まれ、一個のお椀と、片手に持てる位の小さな茶箪笥が焼け残り、生涯に渡って母の大切な茶箪笥でした。今、その茶箪笥と一個のお椀が見えます。本物の姿は、もうとうに無いのに。蒲田の家が燃え落ちる炎をまた見ました。

風よ伝えておくれ、この美しいクリスタルボウルの響きを世界中の人達に。もう悲しみに包まれないように、悲しみの衣を脱がしておくれ、風よ風よ、この平和の響きを伝えてください。

元気な若者の声が聞こえたような気がしました。沖縄の元気な赤が光ります。それは唐辛子の赤い色、汗をかきかき、沖縄そばを食べる時、真っ赤な赤唐辛子が味を添え、元気になります。ハイビスカスの赤い色に癒され、鳳凰木の赤い花が、琉球国王の食卓を飾ったかも知れません。民族衣装に、赤が使われ、青い空に映えます。赤は沖縄の色、太陽の色。赤は再生と復活を願う命の色です。レッドジャスパーの石に似た色です。エイサーや強い太鼓の響きの赤は、次の次代を担う若者達です。地域の伝統行事が守られ、参加と交流がなされて、広がっていきます。過去の忌まわしい炎の色が、活発な生命力溢れるパワフルな赤に変わっていきました。

いつの間にか3階の部屋にもどっていました。夢を見ていたみたいです。体中が痛んでいて痛みが残りました。ただ風の声が耳元で聞こえました。月がやさしく光りました。星が瞬きました。クリスタルボウルの響きが、心に残りました。やがて痛みが消えていきました。

今日のあなたお元気ですか

それではまたお会い致しましょう。

(パードン佐藤のクリスタルボウル演奏、撮影については、沖縄県より許可を得ました。)




8月14日

(C)2005スタジオ ポプリ

都会の夕日はクールに落ちていきます。君は君の事をしっかりやりたまえ、とも言わず、それでは、明日会おうぜ、とも言わずビルの向こうに無言で落ちていった。

相手が余りクールだから逆に頑張るのかもしれない。包み込むような存在の人の前にいると、甘えてしまい努力を忘れてしまうのかもしれない。あなたのクールさも、あなたの甘えん坊も、都会の夕日はあなたの存在などこれっぽっちも気にしない。

だからやるっきゃない。

今日のあなたお元気ですか。

お盆休みでどこもにぎやかな様子です。人と人が出会い、楽しい話をし、また別れて行く、共に食事をして楽しい交流をしたら、次に会う日まで元気でいよう。

都会のジャングルに落ちていく夕日は、実に見事でした。

それではまたお会い致しましょう。






8月13日

(C)2005スタジオ ポプリ


(C)2005スタジオ ポプリ

(C)2005スタジオ ポプリ

(C)2005スタジオ ポプリ

高輪マンツーマン、テーチャーズ研修が行われました。セミナールームから3分のところに高輪の森があります。木の気を感じる事と、エネルギーのグラウデイングの練習です。

森は優しく迎えてくれました。夕べ雨が少し降ったので、森が元気になって、いつもより涼しくなっていました。トンボが飛び、セミがミンミンと鳴いて森は元気です。

緑緑(アオアオ)したもみじが、「秋には赤くなるのね」木を見上げて、「木の肌が割れて痛みながら木は成長するんだね」人も同じだね。

人も痛みを伴いながら成長いたします。

森は生きている、人も生きている、木も人もお互いに良い関係でいたいから、森を侵すことなく木を守り、新鮮な木からの養分を分けてください。

生き生きした木が元気良く、「いつでもおいで」
と言います。少し元気が無い木も仲間が元気だと生き返ります。

家族の中で元気が無くても、誰かが元気だと生き返ります。あなたが元気だと家族の誰かが元気になります。

葵の御紋を付けた寺は、今はホテルの敷地内に残り、ひっそりと高輪の森で静かに佇んでいました。人々の祈りの場所では無くなってしまいました。

しかし木々は元気でした。

さくら橋と名前がついている桜の木々に囲まれた橋は、この橋を渡って参拝したようです。

涼しい風を送ってくれる森の木々たちです。

守りの鬼瓦が、沖縄のシーサーみたいでした。

今日のあなたお元気ですか。

森は様々な木が手入れされて人の保護の下に生きているみたいでした。

高輪の森の中は素敵でした。

それではまたお会い致しましょう。






8月12日

(C)2005スタジオ ポプリ



東京有楽町駅の直ぐ近くの総合文化施設、東京フォーラムの中庭に小さな林がありました。林はまだ若い木々でした。人間で言えば12〜3歳に当たる木々です。伸び伸びとしなやかに育っていました。

若木の前に立つと、嬉々とした喜びを感じました。木々の美しさは、直接日の光が射さない、天井のガラスを通した間接光ではありましたが、めげず、成長する事を感じました。

今日のあなたお元気ですか。

それではまたお会い致しましょう。






8月11日

(C)2005スタジオ ポプリ



(C)2005スタジオ ポプリ



遠慮がちに歩道橋につき出た枝の葉が可愛くて、そっとなでてみました。歩道を見下ろすと、大木であるのに。

葉をなでてみると、葉から柔らかい涙が出ました。

今日のあなたお元気ですか。

力があるのに、遠慮勝ちの生き方の時があります。枝が突っ張るように、自己主張する生き方の時もあります。どちらも必要なのかもしれません。

暑いので冷たい物を飲みすぎたり、偏食しませんように。いつもペースの食事が良いでしょう。お腹を壊しやすい時期のようですから。

高輪の森は、多少息苦しくて多少喜んで、人々が行き来するのを楽しんでいました。

それではまたお会い致しましょう。






8月10日

(C)2005スタジオ ポプリ


(C)2005スタジオ ポプリ



東京には青い空が無いと、知恵子は言った。青い空はどこに消えたのでしょうと、知恵子は聞くでしょうか。

石垣島は青い空と、青い海が広がっています。どうぞ来てください。青い空よ、東京の空が青い空になるように、風さん吹いてくださいね。

今日のあなたお元気ですか。

旅人達が喘ぎながら、重い荷物を肩に背負い
汗を拭き吹き歩いて行きました。重い荷物は軽くして旅をしましょう。人はどこにいても旅人ですから。

新幹線で台車が使えないわけは、台車で荷物を運んでいた旅行者が、運転を誤って駅のホームから線路に台車と荷物を落としてしまい、各列車が止まり、その為その後、ホームで働く運搬の台車以外は、旅人の台車が使えなくなりました。台車は大きなビニール袋に入れて持って移動します。

どこの駅も主要駅はエレベーターが設置されておりますので、大きな荷物もホームからホームへの移動に使えて便利な時代になったと思いますが、工事中でエレベーターが使えなかったり、エレベーターが設置されなかったりすると、荷物を小分けにして、階段をバケツリレーしました。、荷物を小分けにして運んだら、エイ!とばかりに魔法の杖で、荷物を軽くして階段を登ったみたいでした。

昔、青函連絡船が運行している頃のこと、船に乗ると、行商の女性達が背負子で、魚や、海藻等を軽々と背負う姿に感動した事があります。船が港に着くまで船の甲板に三々五々集まって話をしたり、お茶を飲んでいる行商の女性達に近づき、話の輪に入れてもらいました。女性の深く刻まれた皺が美しかったのです。小説の場面みたいに感じました。

魚の行商の女性に憧れました。その、20年後、さまざまな経緯があって一年間、魚や海藻やさまざまな、食料を車に積んで、行商しました。そのときに出会った人から多くのことを学びました。大きな荷物は背負う事は出来ませんでしたが、青函連絡船で出会った、魚の行商の女性達が重なっていました。

風よ吹いておくれ、波よ、音を立てて波音を聞かせておくれと、知恵子は言うでしょうか。

それではまたお会い致しましょう。






8月6日

(C)2005スタジオ ポプリ
六甲の峰々を背景に三宮駅周辺


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震災の時間で止まった時計5時46分を差しています。


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(C)2005スタジオ ポプリ
市庁舎の24階の展望台から見た、ポートアイランド



神戸すぴこんのために震災後初めて神戸入りしました。阪神淡路大震災で亡くなられた方々の慰霊のモニュメントに花束を持って、ご挨拶に伺いました。

神戸市役所南側にある東遊園地内にある慰霊と復興のモニュメントに訪れました。

滝のような噴水に守られて古代エジプトのナイル川にある碑の中を歩くような気持ちでした。ドーム内は静かでした。

公園は、丁度昼休みで、三々五々と人が集まり、若者たちが合唱の練習をしていました。映画のワンシーンを見るようでした。

10年間の間に人々のエネルギーとパワーは痛みを抱きながら、見事な復興を遂げました。市役所の24階から展望台に登って神戸市内のグルリを見廻しました。大小さまざまなビル群が六甲山に守られるようにして建っていました。

たくさんの人が溢れている神戸の街は活気に溢れ人々は元気でした。東京、沖縄以上にです。


1.17希望の灯(あか)り

ご遺族やボランティアグループの方々から、「やさしさ」と「思いやり」、そして「生きている証」としての灯りを灯したいとのご提案がありました。

これを受けて新たに灯りの保存施設が追加設置されることになり、「1.17希望の灯り」が誕生しました。ここには、被災10市10町を巡って運んだ種火と47都道府県から寄せられた種火を一つにした灯りが灯されています。

 この灯りは被災した市民のみなさんの精神的なよりどころとなり、毎月17日には、ボランティアのみなさんが自主的に清掃などを行っています。

そして、毎年1月17日には、ここから被災10市10町のみならず遠方の都市まで、震災や灯りが結ぶ絆に関連した行事に分灯され続けています。

 また、震災から7年を迎えた2001年1月17日、「希望の灯り」が分灯され、市民ランナーによってこの灯りが全国69都市のみなさんへ届けられました。


1.17希望の灯り

1995年1月17日午前5時46分 阪神淡路大震災
震災が奪ったもの 命 仕事 団欒 街並み 思い出

…たった1秒先が予知できない人間の限界…

震災が残してくれたもの やさしさ 思いやり 絆 仲間

この灯りは 奪われた すべてのいのちと

生き残った わたしたちの思いを むすびつなぐ


慰霊と復興のモニュメント

平成7年1月17日に発生した阪神・淡路大震災を忘れることなく、震災を記憶し、復興の歩みを後世に伝え、犠牲者の慰霊と市民への励まし、大規模災害に対する世界的規模での連帯による復興の意義をアピールすることを目的としています。

「慰霊と復興のモニュメント設置実行委員会」の募金活動を経て、平成12年1月16日に設置されました。

阪神淡路大震災で亡くなられた方々のお名前を刻んだ銘板が掲げられています。その数は4517名。これらの方々は神戸市内に住所がある方、及び神戸市内で亡くなられた方々です。

2003年より、それ以外のかたでもこの大震災で亡くなられた方なら遺族の希望があれば掲示されるようになりました。

 このモニュメントを含む東遊園地全体では、毎年1月17日にご遺族やボランティアのみなさんと神戸市によって、「阪神淡路大震災1.17のつどい」が開催されています。

瞑想空間

慰霊と復興のモニュメントの地下に位置し、震災で亡くなられた方のお名前を刻んだ銘板が掲示されているのが「瞑想空間」です。

開場時間は午前9時から午後5時までとなっています。

1.17希望の灯(あか)り 、慰霊と復興のモニュメント、瞑想空間の資料は神戸市のホームページより転載


神戸市役所は,25階高層建築ですが少しの傾きだけで地震に耐えました。市庁舎の24階の展望台から見た、ポートアイランドです。明日は、11時から19時まで、六甲アイランドで神戸すぴこんが行われます。

今日のあなたお元気ですか。

あなたも神戸にいらっしゃいませんか。神戸の街は自由に、豊かに、素晴らしい街です。

それではまたお会いいたしましょう。






8月5日

(C)2005スタジオ ポプリ


バレリーナーのように泳ぐかあひる、水の中から亀さん出てきた。朝のお堀端はにぎやかです。人が近づくと餌ちょうだいと寄ってきました。

木々の気は、水晶に感じるのと同じように、ビリビリしたり、スーとしたり、温かく感じます。木に向かって円環呼吸を致します。もうすでにあなたもご存知の事でしょう。

緑陰は、冷房で冷えた体を温め、暑い日差しから熱を取ります。木によっては人のエネルギーを吸い込むと感じた人がありました。木が弱っているのかな、そこまでかんじるあなた、すごいです。

今日のあなたお元気ですか。

名古屋もなかなかの暑さです。体温以上に暑いところがあったとか。

それでも早朝の太陽チャクラ呼吸を致しましょう。15分以上かけて行うと、ダイエットになったと御報告がありました。喘息の発作が少なくなったとも聞きました。一日元気でいるならば太陽チャクラ呼吸を致しましょう。

明日は神戸に移動いたします。阪神淡路大震災の為に亡くなられた方々の慰霊碑にご参拝しお花を手向けさせて頂いて、神戸入りを致します。あすは、広島の日でもあります。思いを祈りの日と致します。

それではまたお会い致しましょう。






8月4日
(C)2005スタジオ ポプリ


切り絵

幼い頃の子は紙を千切り、夢の世界に入っていきます。その姿は美しく良い子にしています。

大人も時には、切り絵をしてみてください。幼い子のように無心に紙を千切ったら、美しい世界になりました。

今日のあなたお元気ですか。

心の奥に秘めていた事や、もうとうに忘れてしまったことを、思い出す瞬間があります。人の言葉や、人の動きや、音楽のフレーズ、色、味、香り、旅先、それが駅前食堂であったりと、五感や六感で思い出します。

その瞬間は過去に戻り、今を忘れるのですが、すぐに何秒後の今に戻ります。思い出す前の時と、その瞬間と、思い出した後は、3つの次元が存在します。

過去と今と未来が、数秒間、数分、数時間の間に交錯して、細胞が変化します。思い出す事が辛くても、ポジテイブな思考であれば消えます。ネガテイブに引っ張られないように、自分に気をつけてあげてください。いやなことは消しゴムでゴシゴシと消します。

人は、点々で思考しているのかなとも思います。ラインで思考していないなとも思います。その間は、習慣的に体験を通した動きをしているように思います。

病を得ても、ポジテブである事で薄くなり消えていきます。時には紙を千切って、あなたの世界の中に入ってみましょう。素晴らしい世界を引っ張り出せます。

明日は前日ご紹介致しました、亀城公園内の十朋亭(じゅっぽうてい)でマサコメソッドテイチャーズの研修が行われます。セミの鳴き声と緑のシャワーに会えると思うと楽しみなのであります。秋の頃、桜の季節の頃、色が変わってさぞかし美しい事でしょう。

それではまたお会い致しましょう。






8月3日

(C)2005スタジオ ポプリ
会場の亀城公園十朋亭



(C)2005スタジオ ポプリ


(C)2005スタジオ ポプリ



本日は、愛知県刈谷市亀城(きじょう)公園にある十朋亭(じゅっぽうてい)でマサコメソッドティチャーズ研修会を開きました。亀城公園は刈谷城跡地に市民の為の運動公園と十朋亭の名前の研修室があります。

公園に着くと、沢山のセミの声と深い緑の木々が迎えてくれました。とても素晴らしい所です。会場の2階の窓を開くと、緑の木々に手が届きセミの声のシャワーを浴びました。十朋亭は畳敷きのお部屋が続いています。

いつもながらの様に研修が始まりました。

亀城公園はかつて刈谷城の本丸と二の丸の一部があった場所です。刈谷は刈谷城を中心とした城下町ですが、大正十五年(1926)に豊田佐吉がこの地に豊田紡織機械の大工場を建設して以来、トヨタの城下町として発展してきました。

十朋亭は、大正6年に刈谷城本丸天守閣跡に大野介蔵氏の隠居家として建築されましたが、その後財団法人刈谷士族会の集いの場として使われるようになり、昭和17年に刈谷町がこれを譲り受けました。桜の名所として知られる亀城公園内にある十朋亭は、和風庭園ともよく調和し、四季を通じて市民の憩いの場として各種会合、レクリエーション、休憩所などに幅広く利用されています。

昔、伊勢神宮の神、天照大神(あまてらすおおみかみ)に、粟をお供えしていました。すると、神様が「えらい!ここは神の村だ。」と言ったので、神の村とよばれるようになりましたが、名前がカメに似ている為、だんだん亀の村とよばれるようになりました。

1300年奈良時代に、出雲の国(鳥取県)から、刈谷出雲の神が、船に乗って、移住しました。それで、亀村が刈谷村になりました。

さらに今から600年ぐらい前に、水野忠政が、海を渡って刈谷に来て、刈谷古城に住み、狭くなった為に城を建て移った時に、縁起の良い亀の名前を取って亀城という名前になりました。

今も亀城公園と呼ばれます。明後日の研修会には、マサコメソッドテイチャーのカメ天使ミーミーさんが、近くの岡崎に住んでいることもあり、自分の作品を持ってきて、お話をするサポート講師を致します。カメ天使ミーミーが亀城に来るなんてなんだか、因縁めいていて楽しいですぞ。

今日のあなたお元気ですか。

名古屋は、この夏一番暑かった日の様です。石垣島のパードンから「台風直撃だー」と、一報が入りました。石垣島観光に来ている甥は、明日の飛行機で帰れなくなってしまったようです。

日本列島は、暑い所も梅雨の雨が続いている所もあれば、台風の直撃を受けているところもあって、長い日本列島でありますね。

新幹線は台車を使ってはいけないので、台車を担いで、エッチラオッチラ荷物を移動しました。アリさんの偉さを思いました。

それではまたお会い致しましょう。






8月1日

(C)2005スタジオ ポプリ



ズッキーニーを食べました。出来たての小さな頃は,キュウリみたいですが、黄色く熟れるととても美味しいです。細かく刻んで抵抗なく食べられます。

ズッキーニーの花と、出来たてのズッキーニーは、畑で元気よく育ちました。

今日のあなたお元気ですか。

今はまだ東京の高輪におりますが、甥が石垣島に遊びに行ったと連絡が入りました。レンタカーで島内巡りをしているそうです。パードンは、昼ごろの飛行機で石垣島へ帰りました。人々があちらこちらへ動きます。明日夜か次の日、早朝には名古屋に行きます。

夏休みで、多くの人たちが、移動している姿は、まるで原子核の周りを回る電子みたいです。宇宙の姿みたいです。しかし無理すると、核反応が起きてしまいます。宇宙本来のバランスの取れた姿でありましょう。

東京は空が小さいです。石垣島の広い青空と、白い雲を想いました。また台風が石垣島を目指してるみたいです。

それではまたお会い致しましょう。